マヨジーが行く

マヨジーが行く

マヨネーズ好きのじいさんが体験したことをあれやこれやと記録します。

日本縦断その後(帯広カニの家)

こんにちはマヨジーです。

 

3200㎞の徒歩旅行を終えたマヨ坊のその後の話だ。

 

雌阿寒岳を登って、オンネトー湖でテント泊した翌日の話になる。

 

1980年9月9日(火)

 

帯広に向かおうと思った。

 

青年の家のひとのご厚意で国道まで車に乗せてもらった。

昨日雌阿寒岳で知り合った人と一緒にヒッチハイクをする。

 

国道に出てヒッチハイクするも通る車は少ない。そんな中、猛スピードの車が自分たちから離れた場所に止った。

離れた場所に止まったのは、スピードが出ていて目の前に止まれなかったからだ。

その人の車にのり足寄に向かう。

運転していたのは仕事に向かうために急いでいた人だった。

しかし、彼の好意で松山千春の家の前に降ろしてくれた。

思わぬ好意に感謝した。

 

 

その後、足寄駅へ。

 

雌阿寒岳で知り合った彼は電車に乗る。

マヨ坊は街外れまで歩きヒッチハイクを再開した。

1台目の車で上士幌まで。

 

10時15分。次の車で帯広へ着いた。

 

実はこの当時、帯広駅前にカニの家という旅の放浪者が泊まれる場所があった。

その話を聞いていたマヨ坊はそこに泊まってみたくなった。

カニの家とはカニ族という荷物を背負って安い旅をする人たちがいた時代ならではの無料宿泊所だ。

ここには2つの大きなテントが張ってある。(運動会で使われるようなもの)

その一つに泊まることにした。

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当時の日記に書いたテントの様子

 

2つのテントの一つは連夜組、もう一つは流れ組だそうだった。

このカニの家にいた人によると、連夜組はちかくでバイトをして長く居座っているそうだ。

マヨ坊は行った日が9月ということもあって、混んではいなかった。

 

連夜組の一人と話をしてると、サイロ作りのバイトをしているとのこと。

一日2食付いて6500円稼げるという。

年齢はマヨ坊より年上だ。

 

さらに、昨年に会った人の話もしてくれた。

70歳以上で乳母車を押して来るおばあさんがいたそうだ。

彼女は年金が下りると乳母車ひいて旅に出るらしい。

このカニの家で泊まったそうだ。

 

1つのテントはだいたい10人くらい寝れる。

 

なぜカニの家があったのかはわからないし誰が設置してくれたのかもわからないが、放浪しているマヨ坊には理想的な宿だ。

 

この夜だけカニの家に泊まった。

 

翌日もヒッチハイクで移動していた。

 

おわり